モンナンジュ(68)
2015.04.09 07:13|モンナンジュ|
「俺はもっと沢山の人にタケルさんのお菓子を食べてもらいたいですっ」
熱の篭った大鷹の瞳が庭の顰め面を見る。
「だからこういう形でも沢山の人にジャルルダンの名前を知ってもらいたいっ。番組を観た人はきっと絶対タケルさんのお菓子を求めるはずだから」
ますます熱を篭めて訴え出す大鷹の言葉に、庭は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「俺は別に宣伝されるのが嫌だとは言ってねえ。ただこいつらの、『天使が作る』とか、そんな噂目的で来ることが気にいらねえだけだ」
その言葉さっきまで流暢だった大鷹が「それは…」とモゴモゴする。それには大いに大鷹に責任があるからだ。クリスマスのペーパーを配りながらふれ回っていたから。紛れも無くその吹聴を流したのは大鷹だ。
とはいえ、大鷹にすれば、『天使=タケルさん』だから、ただ純粋に自分が思っていたことを口にしただけなのだが。――タケルさんすっかりヘソまげちゃった……。
庭が嗄れ声を出した。
「俺は、俺の作るものをただ美味いと言ってもらえる、そんな菓子を作るだけのことだ」
やっぱりこういうところがタケルさんだと、大鷹はクスリと笑う。
「だったらやっぱり、この人たちに食べてもらいたいですタケルさんのお菓子を。そしたら『天使が作るお菓子』の意味がただの客引きで流した吹聴じゃないって分かってもらえると思うからっ」
「はあ? 何言ってんだてめぇは。そもそもてめぇがそれを…」
「だったらこうしましょう」
カメラを肩に担ぐスタッフが庭と大鷹の間に入ってきた。
「だったらこちらも『天使が作るお菓子』という点には触れません。ただこちらのお店のスイーツを純粋に求めにきたということで、それでどうでしょう。こちらとしても来た以上、是非食させて頂きたいですし、このまま帰るには悔いが残りそうですし。そもそもこちらのお店を取材しようと思ったのは口コミが多くて評判が良かったからなんです。そこまで人の心を掴むお菓子に興味を持つのも人の心理でしょう」
スタッフの言葉に庭の心も少し動いたのか黙っている。ただ顔は顰めたままだが。気を利かした大鷹が「タケルさん?」と声を掛ける。庭は自分の前髪をクシャクシャと掻くと、「ちょっと待ってろ」と言い残し厨房へと引っ込んだ。
着ていたモッズコートを脱ぎコックコートに袖を通している庭の姿が店と厨房を仕切る隔壁のガラスから見える。庭が承知してくれたのだと、大鷹は胸の内で「タケルさん」と呟いた。女性レポーターがコソリと大鷹に耳打ちをする。
「あのぉ、勘違いだったらごめんなさい」
「え? なんですか」
「まさかとは思うのですが、パティシエは男の方…なんですか?」
大鷹はクスリと笑う。レポーターの勘違いは今さらだ。
「はい。正真正銘の男ですよ」
答えた大鷹に女性レポーターは「はっ」と目の玉が転がり落ちるほど大きく見開いて、直ぐに顔を赤くした。
「すみませんっ、わたし凄く失礼な事を言ってしまいましたね」
「大丈夫ですよ。あなた一人が勘違いしたわけじゃないですから」
だって自分も最初は勘違いしたんだから…と、心の中で笑う。隔壁から見える庭はコック帽を被り、チョコレート作りを初めていた。
お騒がせなレポーターたちが帰ったのは、それから何時間してのもう陽が暮れた頃だった。やっと遅い夕飯にありつけた大鷹は、隣で同じように串から鳥肉を口に入れる庭に今日の事を話しかけていた。
あのレポーターたちのおかげですっかりと遅くなった夕食は、丸野の店『鳥丸』で済ますことにした二人だ。言い出したのは大鷹だった。明日からまたジャルダン・デュ・ショコラは始動するので今日のお酒は控えめに。喋る大鷹の話しをカウンターから聞いていた店主の丸野が会話に入ってくる。
「凄いねー、ジャルダンが全国ネットに流れるんだ。放送はいつ?」
「来月の一週目の水曜日だそうです。時間はえーっと夜7時からxx系で」
すぐさま大鷹が答える。
「へー。じゃあ絶対観なきゃな。二人とも映るんだろ?」
「タケルさんは映ると思うけど。シェフだし」
言って隣の庭を見る。
「そうだよなあ。あれ、大鷹くんは? 映らんの」
「コイツはカメラから逃げ回ってた」
庭はそう言ってビールを一口飲んだ。
「え、そうなの? 意外に照れ屋さん? 大鷹くんならカメラに向かって『イエーイ』とかやってそうなのにな」
「イエーイとか、小学生じゃないんだから。そこまで出たがりじゃないですよ俺は」
そう答えたが、単に顔が流れたくなかったからだ。どこで誰が観てるか分からない。祖父から、家から逃げている大鷹には顔が流れるとまずい。平穏な生活に慣れてきていた大鷹だが、やはりそこは気をつけていた。
「それにしても、前にも増してジャルダンの前に行列が出来そうじゃん。時期もホワイトデーときてるし」
「ああそうだ、ちょうどホワイトデーなんだ」
呟くように言った大鷹のジャケットのポケットには、庭にあげようと丹精篭めて作ったチョコレートが入ってある。
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熱の篭った大鷹の瞳が庭の顰め面を見る。
「だからこういう形でも沢山の人にジャルルダンの名前を知ってもらいたいっ。番組を観た人はきっと絶対タケルさんのお菓子を求めるはずだから」
ますます熱を篭めて訴え出す大鷹の言葉に、庭は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「俺は別に宣伝されるのが嫌だとは言ってねえ。ただこいつらの、『天使が作る』とか、そんな噂目的で来ることが気にいらねえだけだ」
その言葉さっきまで流暢だった大鷹が「それは…」とモゴモゴする。それには大いに大鷹に責任があるからだ。クリスマスのペーパーを配りながらふれ回っていたから。紛れも無くその吹聴を流したのは大鷹だ。
とはいえ、大鷹にすれば、『天使=タケルさん』だから、ただ純粋に自分が思っていたことを口にしただけなのだが。――タケルさんすっかりヘソまげちゃった……。
庭が嗄れ声を出した。
「俺は、俺の作るものをただ美味いと言ってもらえる、そんな菓子を作るだけのことだ」
やっぱりこういうところがタケルさんだと、大鷹はクスリと笑う。
「だったらやっぱり、この人たちに食べてもらいたいですタケルさんのお菓子を。そしたら『天使が作るお菓子』の意味がただの客引きで流した吹聴じゃないって分かってもらえると思うからっ」
「はあ? 何言ってんだてめぇは。そもそもてめぇがそれを…」
「だったらこうしましょう」
カメラを肩に担ぐスタッフが庭と大鷹の間に入ってきた。
「だったらこちらも『天使が作るお菓子』という点には触れません。ただこちらのお店のスイーツを純粋に求めにきたということで、それでどうでしょう。こちらとしても来た以上、是非食させて頂きたいですし、このまま帰るには悔いが残りそうですし。そもそもこちらのお店を取材しようと思ったのは口コミが多くて評判が良かったからなんです。そこまで人の心を掴むお菓子に興味を持つのも人の心理でしょう」
スタッフの言葉に庭の心も少し動いたのか黙っている。ただ顔は顰めたままだが。気を利かした大鷹が「タケルさん?」と声を掛ける。庭は自分の前髪をクシャクシャと掻くと、「ちょっと待ってろ」と言い残し厨房へと引っ込んだ。
着ていたモッズコートを脱ぎコックコートに袖を通している庭の姿が店と厨房を仕切る隔壁のガラスから見える。庭が承知してくれたのだと、大鷹は胸の内で「タケルさん」と呟いた。女性レポーターがコソリと大鷹に耳打ちをする。
「あのぉ、勘違いだったらごめんなさい」
「え? なんですか」
「まさかとは思うのですが、パティシエは男の方…なんですか?」
大鷹はクスリと笑う。レポーターの勘違いは今さらだ。
「はい。正真正銘の男ですよ」
答えた大鷹に女性レポーターは「はっ」と目の玉が転がり落ちるほど大きく見開いて、直ぐに顔を赤くした。
「すみませんっ、わたし凄く失礼な事を言ってしまいましたね」
「大丈夫ですよ。あなた一人が勘違いしたわけじゃないですから」
だって自分も最初は勘違いしたんだから…と、心の中で笑う。隔壁から見える庭はコック帽を被り、チョコレート作りを初めていた。
お騒がせなレポーターたちが帰ったのは、それから何時間してのもう陽が暮れた頃だった。やっと遅い夕飯にありつけた大鷹は、隣で同じように串から鳥肉を口に入れる庭に今日の事を話しかけていた。
あのレポーターたちのおかげですっかりと遅くなった夕食は、丸野の店『鳥丸』で済ますことにした二人だ。言い出したのは大鷹だった。明日からまたジャルダン・デュ・ショコラは始動するので今日のお酒は控えめに。喋る大鷹の話しをカウンターから聞いていた店主の丸野が会話に入ってくる。
「凄いねー、ジャルダンが全国ネットに流れるんだ。放送はいつ?」
「来月の一週目の水曜日だそうです。時間はえーっと夜7時からxx系で」
すぐさま大鷹が答える。
「へー。じゃあ絶対観なきゃな。二人とも映るんだろ?」
「タケルさんは映ると思うけど。シェフだし」
言って隣の庭を見る。
「そうだよなあ。あれ、大鷹くんは? 映らんの」
「コイツはカメラから逃げ回ってた」
庭はそう言ってビールを一口飲んだ。
「え、そうなの? 意外に照れ屋さん? 大鷹くんならカメラに向かって『イエーイ』とかやってそうなのにな」
「イエーイとか、小学生じゃないんだから。そこまで出たがりじゃないですよ俺は」
そう答えたが、単に顔が流れたくなかったからだ。どこで誰が観てるか分からない。祖父から、家から逃げている大鷹には顔が流れるとまずい。平穏な生活に慣れてきていた大鷹だが、やはりそこは気をつけていた。
「それにしても、前にも増してジャルダンの前に行列が出来そうじゃん。時期もホワイトデーときてるし」
「ああそうだ、ちょうどホワイトデーなんだ」
呟くように言った大鷹のジャケットのポケットには、庭にあげようと丹精篭めて作ったチョコレートが入ってある。
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