カンナヅキの幽霊(28)

 明日は久し振りの定休日だ。カンナヅキの定休日は木曜と決まっていたがリオープンしてからまだ一日も休んでなかった。
 皆藤さんと新しいメニューの案を出し合って、決まったのは季節限定のスイーツ。ケーキはいつも仕入れている店に頼むとして、メインのコーヒーゼリーに季節の果実と生クリームでトッピングすることにした。
 いくつか試行錯誤して皆藤さんと納得したものをデジカメに収めた。もちろん宣伝チラシ用にだ。
 夏に向けて選択したのは桃だ。長いグラスに荒く砕いたコーヒーゼリーをベースに、生クリームとトッピングに桃とアイスクリーム。飾りにミントの葉を乗せる。後はマンゴージュースとカフェオレアイス。
 早速二階の部屋にで撮った写真をPCに取り込んだ。俺はふと頭に浮かぶ、念写した風太郎を。
 
「涼介、またチラシを配るのか?」
「あ、風太郎。うんアンタも手伝えよ」
 PCを覗き込み、俺の撮った写真を見ている風太郎に声を掛けた。
 風太郎はじっと写真を見続けている。
「綺麗に撮れているがやはり少し淋しいな」
 ボソリと風太郎が言った。
「アンタならどう撮る? 前に見せてくれた念写ってやつ、して見せてよ」

 興味本位で言った俺に、風太郎は「出来るか判らないが」と言って目をとじた。
 暫く俺もPCのディスプレーと睨めっこしていたけれど、前の様に画像が浮かび上がることもなく、そこまで期待してなかったこともあって、俺は画面から目を離した。
 それでも風太郎は諦めず、じっと目をとじている。

「もういいって風太郎。やっぱあれは偶然だった…」
「映ったぞ涼介」
「えっ、マジ……って、コレなんだよ!」
 映ったには映ったけれど。
「アノときの涼介の顔だ。今観てもドキドキとさせられる。なんといってもこの唇が…」
「バカーっ、なんでこんなもの出してくんだよっ」
 うひゃっ、アノときのって…恥ずかし過ぎ!
「頭にあったからだろう。うむ、イイ顔してるぞ涼介。だが若干演出効果が弱いな」
 風太郎がそう言うと、画面の俺が次々と露な痴態を曝け出す。慌てる俺は両腕で画面を覆った。
「や、やめろ風太郎。もう念写はいいって!」
「これが一番そそられる」
  
 薄いグリーン色のシーツの波に沢山の白い羽が落ちている。その羽毛の中で空色の布を纏った俺が片方の肩を肌蹴させ物欲し気な上目遣いでコッチを見ている。若干髪が濡れているのはシャワー浴びたってこと? 風太郎の言う演出効果か? いやいや、そんなことどうでもいーしっ。

「だからやめろってばっ…」
 焦って俺は電源を落とすのだけれど、その画像は一向に消えてくれなくて、ますます焦る俺は傍にあったシャツを引っ掴み被せた。
「何故隠す。それとも涼介は気に入らないか?」
「気に入るとか入らないとかそういう問題じゃねーのっ」
「これの何が気に入らない。良いアングルなのに。タイトルも決めたぞ…『L'Espérance』」
「何それ。てかタイトルとかいーからっ」
「俺にとって涼介は『L'Espérance』フランス語で希望だ。俺には到底叶わない夢だからな」
「え……」
 
 思わず見つめ返した俺の瞳に、風太郎の顔が優しく微笑み返していた。

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風太郎にとって生きているといいうことは羨ましいことなんですよね(ノд`)

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カンナヅキの幽霊(27)

 今日も慌しいカンナヅキの一日が終わり、俺はコーヒーの淹れ方や種類を皆藤さんからレクチャーされながら、新しいメニューなんかも話していた。
 風太郎は朝消えたっきりカンナヅキに姿を現してなかった。まだ事故に遭った場所でウロウロしてんだろうかな。
 気になりながらもネルドリップの淹れ方を皆藤さんから習っていた。

「そう、ネルに湯がかからないようにゆっくり…静かにね」
「はい」
 挽いた豆がネルフィルターの中で蒸らされている。ふやかしの時間もまた味に影響する。どのタイミングで次の工程へ移るかで味が決まってしまうのだと。そしてその絶妙なタイミングは体で覚え込むしかないのだと皆藤さんは言う。
「永さんはコーヒーに魔法をかけちゃう人だったからね」
「魔法……ですか」
「うん。人を幸せな気分にしてくれるって、そんな感じかな。そろそろいいだろう。“の”の字を描くように細く均等に湯を注いで」

 簡単に言う皆藤さんだけれど、これがまた難しくて。何度も失敗を繰り返していた。「俺も最初はそうだったよ」と皆藤さんは慰めの言葉を掛けてくれる。
「あ…はい。頑張ります」
 皆藤さんが帰った後も、俺は一人カウンターでコーヒーと闘っていた。
 闘うなんて大袈裟だけれど実際俺としてはそんな気分だった。

『なんて顔してコーヒーを淹れてる』

 声がしてサーバーから顔を上げると、いつものカウンターテーブルの隅で座る風太郎が見えた。

「そんな顔では美味いコーヒーは出せない。とてもじゃないが永さんのコーヒーには遠いな」
 ククッと笑う風太郎がいて、それに面白くない俺はブツッと返す。
「うるさい。気が散る、アッチいけよ」
「子供のときと変らないな涼介は。そう言って、いつも永さんを困らせていた」
「仕方ねぇだろ、コッチは今めっちゃ真剣なんだから」
「ふむ。真剣なのは良いことだな」

 ホント、幽霊のクセに偉そうだ。
 プイッと風太郎から視線を移し、サーバーからフィルターを取った。

「飲んでみろ涼介」
「言われなくても」
 サーバーからカップに移し、コクンと飲んでみた。
「まずい。酷い味だ、出がらしそのものだ」
 俺が思う前に飲んでもない風太郎が先に声をだした。どうやら俺の舌は風太郎の舌をどこかで繋がっているらしい。俺の味覚がそのまま風太郎の舌にも影響しているというんだ。
 思いっきり渋い顔をした風太郎に腹が立つけれど、実際この出来じゃ何も言い返すことが出来なくて、俺は片付けをしながら心の中で呟く。

――見とけよ、これからだ。極上な美味でコーヒー好きなアンタをひれ伏せさせてやる。

 フフッと風太郎の含み笑いが耳元で聞こえる。
「俺がひれ伏すぐらいの味か。楽しみだ。ガンバレよ涼介」
「るせっ。勝手に俺の心読むな」 

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カンナヅキの幽霊(26)

「さっき涼くんの傍に、あのイケメン幽霊さんが居たね。消えちゃったけど」
「見てたんだ」
 てか、“見えてたんだ”と言う方が正しいのか。
「幽霊さんと何を話してたの?」
「え……あー別に何てことない話」
 そもそも幽霊と会話ってのも可笑しな話だけれど、これも霊感強いアイミちゃんだから言える話であって。

「また幽霊の話かい? よしてくれよ薄気味悪いじゃねぇか朝っぱらから」
 言ったのは窓際のテーブルに着いてる小日向さんだ。新聞から渋面した顔で俺たちの方を見てくる。カランとドアベルが鳴り、別の客と一緒に三番手の盛岡くんが顔を見せた。
「いらっしゃい」
 俺と皆藤さんの声が被り、盛岡くんは女子が喜びそうな可愛い顔でニコッと笑顔を見せると、カウンターのアイミちゃんの隣に落ち着いた。
 いくら女子が喜びそうな笑顔持ってても盛岡くんは残念なことにゲイなんだよな。俺と同じで、盛岡くんのマイノリティを知るアイミちゃんは隣に腰を落とした盛岡くんに、「おはよー」と言うと直ぐに小日向さんの方へと振り返ってる。
 
「小日向さん、薄気味悪いなんてそんな風に言ったら霊が可哀そうだよ。小日向さんだっていつかは魂だけになるんじゃない。死んでもフラフラ~て成仏出来ずに毎朝モーニング食べに来たりしてね」
 アイミちゃんはいつもの調子でケラっと笑う。
「よしてくれよアイミちゃん。自分が化けるだなんて想像するだけでも鳥肌だよ」
 バサッと新聞紙で顔を被う小日向さんだ。新聞持つ指が微妙にプルプルしてる。
「ねぇねぇアイミちゃん、前に言ってたイケメン幽霊の話?」
 入ってきて早々に食いついてきたのは自称イケメン喰いの盛岡くん。イケメンなら霊も厭わないんだって言ってる盛岡くんは、風太郎が見えない事に酷く残念がってる。

 大体霊なんて信じるか信じないかで存在すら変わってくるから。なんせ実体化がないから想像でしかない。
 見えないものだから不安で、小日向さんみたいに恐いものだって思ったりするのだろうけど、風太郎は決して恐いものじゃないと(エロいけど)本当はそう言いたかった。だけどそれもまた、見えない人に説得させるのは難しくて。
 言ったところで感じない人には解らないだろう。それに店でこの話はやはり避けた方が良い話題だ。

「アイミちゃんと盛岡くんは個展に行ってきたんだよな。ほらアイミちゃんが店のお客さんからチケ貰ったっていう何とかっていうカメラマンの」
 話題を切り替えた俺に、キャバ嬢のアイミちゃんが早速返してくる。
「写真展に招待してくれたお客さんはあくまでもスポンサーの人なの。そのフォトデザイナーの個展を開くのが夢だったらしいよ。写真にすっごく惚れ込んでたらしくて。一度個展を開くとこまでいったんだけどダメになったらしくてね、それで今回やっと念願叶ったんだって喜んでたわ」
「へぇ。そんなにすげぇの? その写真って」
 聞き返す俺に、アイミちゃんの隣で目をキラキラさせているのは写真が趣味だという美容師の盛岡くんだ。
「涼くんだってきっと見れば惚れ込むよ、とにかく凄いんだから。その人しか表現出来ない世界観があって――」
 盛岡くんもその写真家のファンなのか、語りが尽きない様子で。
「せっかく涼くんにも声掛けたのに行かないとか言われたし」
 俺が作ったサンドイッチを頬張りながらアイミちゃんが言った。
「俺はいいっす。全然興味ねぇし」

 小日向さんのテーブルにモーニングを運んでいた俺は首を竦ねそう答えていた。

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